アンビバレンスの中にいるから、挑発なのかラブコールなのかわかりづらいものが生まれる。
取材・文:内田伸一
Aida Makoto
1965年、新潟市生まれ。エロ、グロ、社会問題など様々な要素を取り込み、絵画、立体、映像など多彩な形態で作品化する。精緻な画力と脱力系のタッチが作品ごとに入り乱れるなど、無軌道とも取れる創作活動の一方、一貫して自身にとっての「日本的なる何か」を扱う。
http://mizuma-art.co.jp/artist/0010/
日本現代アート界の異端児も、この5 年の間に40代に突入し、後進の育成にも関わり、いまはマイペースで――やはり異端児的創作を続けている。東京での個展会場で、作家の最新の声を聞いた。
──国内では3年ぶりの個展ですね。カントの著作『判断力批判』の1枚1枚を落書きのような絵で凌辱(?)する「判断力批判批判」をオジサマたちがニヤリと眺めていました。その隣ではよく知られる『犬』シリーズの新作2枚を若い女性がキャッキャと観ていて、その対比が印象的でした。作家本人の言葉を借りれば、そんな「節操の無さ」こそ会田誠らしさとも言えるのでしょうか。
Critique of Critique of Judgment 2008 Paperback book, pen
Photo Wada Yuya |
DOG (Typhoon) 2008 Panel, Japanese mineral pigment, acrylic,
colored pencil 89.3 x 130.3 cm
Photo Miyajima Kei Courtesy Mizuma Art Gallery
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学生時代に着想した『犬』シリーズは、我を殺してひたすら丁寧に描く、という職人的画家のシミュレーションです。タッチはあくまでも高貴さを目指しつつ、しかしモチーフには変態性欲を選びました。そのギャップの味わいを試してみたわけです。近代日本画、あるいは古美術的なものに異質な何かをぶつけて揺さぶってみたい、これが美術家デビュー以前の最初期にあったモチベーションでした。なので、ああいった切断・嗜虐志向は僕自身の趣味というわけではないのです。ロリコン気質はちょっとありますが。このシリーズにはまだ描いていなかった図案があったので、この機会に取り組んでみたという次第です。
Critique of Critique of Judgement 2008 (detail) Photo Wada Yuya 文庫本版(日本語版)『判断力批判』の各ページ上にドローイングが描かれる。 |
「判断力批判批判」の元になったものは、『犬』的な試みより前に自分の中にあったとも言えます。劣等生なら誰もがやる、教科書への落書きみたいでもありますが、その後美大へ入学してすぐの時期、電車の中でクロッキー帳にこうした抽象画風のものを描き付けていました。予備校でのうんざりする石膏デッサンみたいな訓練から解放され、晴れて自由に描いてもよくなった時期のことです。後に「この種のユルイものは自分には無理」とやめたのですが、今回はまあ、こういう形で復活したとも言えるのかな。
── そう聞くとわからなくなってきますが(笑)、美術におけるカント的な考えやその信奉者への批判なのですか。
いやいや、批判といっても糾弾とかではなく、質問という感じです。よくわからないけど直感的にやりたくなったのでやってみたけど、これって一体どうなるんでしょう? という感じです。タイトルは語呂がよいから「批判」を繰り返しただけでして。
──以前の作品に「美術に限っていえば、浅田彰は下らないものを誉めそやし、大切なものを貶め、日本の美術界をさんざん停滞させた責任を、いつ、どのようなかたちで取るのだろうか。」というタイトルの抽象画がありましたね。あのあたりとも関連が?
浅田さんや岡崎乾二郎さんのような方は、遠くぼんやりと気になっています。自分と全然違う人が同時代にいる不思議、というか……。具象画がアートバブルなこの時代に、逆風の中で突っ張ってる感じとか、かえって格好良いのかも、と思ったり。自分も古風なオヤジの一面、つまり心の中ではアートはガーリーなフワフワしたものではなく、シリアスなもの、男子が一生を賭けて行うハードなもの、という気持ちがあります。とはいえ僕は、何事も専門的に濃度を上げていけないんですが。何事も広く浅く――まるでヒラの編集者みたいな人格かもしれません。いろんな世界にちょっとずつ足を突っ込む、そんなジレンマやアンビバレンスの中にいるから、挑発なのかラブコールなのかわかりづらいものを作ってしまう。でも少なくともそれは、強姦ではないのです(笑)。
モヤモヤして曖昧な日本人として
──「アンビバレンス」が会田作品の源でしょうか。
アンビバレントな状態に満足や納得をしているわけではないんです。両極に振れながら作り、最後に出来たものはプラスマイナスゼロ、まさに「MONUMENT FOR NOTHING」に落ち着いてしまうのは、これはもう性格でしょうね。
──『みんなといっしょ』シリーズの新作には「西洋人は責任とって全員切腹しろ! ! 」という強烈な言葉が書いてありますね。しかしそれを叫ぶ狂人は間抜けなタッチで描かれ、本気なのか冗談なのか、観る側もそれこそアンビバレントな気持ちにさせられます。
From the series Minna to Issho Left: All Westerners should commit harakiri to take their responsibilities!! Right: Maybe man is a vainly thinking mold. 2008 Imitation Japanese vellum, magic marker, acrylic 109.1 x 78.8 cm Photo Miyajima Kei Courtesy Mizuma Art Gallery |
まさにその通りです。どちらなのかで自分自身もモヤモヤしています。美術でメッセージを謳ってはいけないのでは、という思いがあって。メッセージにものすごく接近するけれど、すれすれのところで回避する……という表現がはっきり始まったのは、『戦争画RETURNS』シリーズからだと思います。
A Picture of an Air Raid on New York City (War Picture Returns) 1996 Six-panel sliding screens, hinges, Nihon Keizai Shinbun, black-and-white photocopy on hologram paper, charcoal pencil, watercolor, acrylic, marker, correction liquid, pencil 169 x 378 cm CG of Zero fighters by Matsuhashi Mutsuo Photo Nagatsuka Hideto Courtesy Mizuma Art Gallery |
──美術における「日本的なるもの」をどう考えますか。
作品の中に日本っぽさとかドイツっぽさのような印(しるし)が見出せるほうがいいと僕は思っています。逆に「ブラジル人なのに意外に陰気」みたいな先入観の裏切りも面白いと思いますし。アートは普遍的であるべき、と唱える人たちの気持ちもわからなくはないですが、僕は作品をそのように鑑賞することができません。
──となると会田作品の「印」は、アンビバレンスのただ中に身を置いてのリアリティ、でしょうか。そこでの「日本的」は、作家としての戦略ではない?
モヤモヤして曖昧――大江健三郎がどこかで語った言葉のようでもありますが――そういうものは自分の中に確かにあります。それが必ずしも良いとは思わないけれど、常にロジカルに白黒付けたがる西欧のやり方にも弱点はあると思いますから。自分のこういうモヤモヤした作品を欧米の人に見せたらどう思うだろう、と考えることは常にあります。ただ、例えば村上隆さん、森万里子さん、あと河原温さんのような海外で成功した人たちには、何かハリウッドの忍者俳優みたいな、必要悪としての「やり過ぎ感」を感じますよね? 僕としては海外仕様の変形なしに、映画で言うなら『男はつらいよ』みたいなのがそのまま評価されるといいのになーと。
──巨大な新作絵画「モコモコ」が生まれたきっかけも教えてもらえますか。
mokomoko 2008 Acrylic on canvas 291 x 197 cm Photo Wada Yuya |
これはですね、ふだんサインを求められた際などによくオチンチンを描き添えて、目と口も付けて可愛くしてあげたりというのがありまして…… 一方、キノコ雲と男性器の重ね合わせは過去の「ミュータント花子」でやりました。その2つをミックスして写実的に描いたわけです。まあ何というか、僕も村上隆さんや奈良美智さんと、すごく大きなくくりで言えば一緒のグループなのかもしれず、では露骨にそういうものを描いてみてもいいかな、なんて考えながら……。
──わかりました。そこはあえて深追いしません(笑)。
ハイアートでもサブカルでも
Japanese Language 2008 Japanese paper, gold leaf, silver leaf, sumi ink 28 x 800 cm Photo Wada Yuya インターネットの掲示板「2ちゃんねる」から抽出した言葉 が伝統的書法でしたためられる。文字部分は書家に依頼。 |
──ちなみに小誌は今回5周年を迎えたのですが、会田さんにとってこの5年間で印象的な出来事はありますか。
5年前の2003 年といえば、僕が夏休みに美学校のゼミ生を引き連れて、青森の山麓で40 トンの粘土と格闘した年でした(『じょうもんしきかいじゅうのうんこ』)。あの重労働で結束が強まり、翌年初春の卒業制作展を兼ねた、群馬県立近代美術館におけるゴミ屋敷みたいな展示(『駄作の中にだけ俺がいるオーケストラ』)に一気に流れ込んだ気がします。そこから遠藤一郎くんがオルガナイズする「ふつう研究所」やChim↑Pomが生まれました。最初の内は何をやっても無視されるか罵倒されるかだけだった彼らも、しだいに経験値を上げ、現在に至る―― そんな5年間でした。まだまだ未知数の新人でしょうが、今後は一発屋で終わらせない強い執念の持続に期待します。僕個人としては―― どうなんでしょう、やるべきことを粛々と続けてきた、そんないかにも中年期らしい5年間だったとは思いますが……。
──今回もそうですが、ご自身の展覧会で教え子に作品を発表させることをよくしていますね。弟子を業界にプッシュするというよりむしろ、表現が批評にさらされる体験を直接与える、という厳しい親心でしょうか。
MONUMENT FOR NOTHING II 2008– Collaboration with students of Musashino Art University and others Photo Wada Yuya |
放任主義のダメ教師ですが、とにかくショーをやらせますね。アトリエに閉じこもった美大生の「俺の作品は世間に見せさえしたら、すごいことになる」みたいな変に高すぎるプライドは、自分の経験から言うと、だいたいが時間の無駄ですから(笑)。客に見せて、反応を見て、次を考えるというのが手っ取り早いですよ。展覧会というのはオープンしたらハッピーかというと、必ずしもそうではなく、多かれ少なかれ苦さがある。その苦さを早く知ってほしい。
──現代美術家が天職だと感じていますか。
これは単なる巡り合わせのようなものだと思っています。現代アートに関して特に強い愛着も帰属意識もありません。ただ、自分の持って生まれたこの性格が活かせるのは、現代アートかなとは思います。クライアント相手の仕事とかは、きっと胃が痛くなりますし。改めて考えると、僕は小規模でアンダーグラウンドな創作が合っているんでしょう。それがハイアートでもサブカルでも構わないのかもしれません。